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【考える】2、気分や周りの人の機嫌につられてしまう時

考える

1:考える、悩む、物思う

2:気分や周りの人の機嫌につられてしまう時

3:悩みしらずの思考法

4:事実と編集された記憶

の4つの記事でお届けします。

 

株式会社ぱんだ堂 範田遥洸

 

頭ではわかるけど感情に振り回されてしまう…

 

頭ではわかるって言うんですよ。

 

解決するための方法があるんだったら
それをやればうまくいくっていうのはわかるんだけど
でもやっぱりその人間だから感情あるじゃないですか!言われると、
「それは人だから感情がありますよね」
ってすごい素っ気なく返します(笑)

 

でも人だから感情があると言うことと、
その感情に左右されてうまくいかない接し方をするという事は
本当は別ものなんですよね。

 

「この人、ムカつくなぁ」
とか思っていても
「あ、でもここでこう言ったほうが、うまくいく確率が上がるならそう言っとこう」
と、それも選べるんですよね。

 

だから感情を優先したり感情に流されるのはわかるけれども、求めている結果に至るための応対をするっていうのは自分で選べるんです。

 

ほんとに出てきますよね。感情は。

 

これも何回でも言いますが
本当にその前の1週間食べたものの組み合わせとかでも
次の週の感情の起こり方とか心の働き方が変わります。

 

その日の温度とか湿度とかでも違います。

同じ言葉でもちょっとした間の違いとか
イントネーションのあるところでカチンときたり
気にならへんかったりとかもあります。

 

―前の週にラーメン食べたから今週はイライラするのか、は気がつきにくいですよね。

 

それは、そこを変えようとするんじゃなくて『そういうもんだ』と思っておけばいいんですよ。

 

昔、うちのおばあちゃんとかも近所にいつも怒ってる人がいて。
「あぁ。いつも怒ってるけれど、今日も機嫌悪いねんなー」とか
「何か嫌なことあったかな」
ぐらいに思っていたんです。なんかもうそんな感じです(笑)

 

 

人がしかめっ面して歩いてきたら
「虫歯で歯が痛いやろう」とか、
「歯を抜いてきたんかなー」とか、
そんな風に思っておけば。
「なんやあの人、しかめっ面であの不機嫌な顔して気分悪いな」と思うよりかは、全然無毒です。

 

私も歩いてる時や、ものを考える時には
ものすごく無表情になるし、
乱視があるから焦点を合わせる時には、
眉間にしわ寄せた感じになる傾向があって。

 

もし考え事をして、無口でしかめっ面で歩いてたら
「なんやねんこのジジイ、不機嫌な顔して」
とか思う人がいても仕方がありません(笑)

 

 

聞かれたら
「いやいや、おじちゃんそんなんじゃないよ。今考えてただけだよ!」
と言えるんですけどね(笑)

 

人ってやっぱり、そんなにいちいち聞けないじゃないですか。

 

失礼だからとか言うけれど、
わりと日本人はそうかもしれません。

 

欧米の方とかラテン系の方だと「なんだよ、陰気な顔して!彼女と喧嘩したのかよ?酷い顔してるぜ」とかね(笑)

 

 

聞かれたら「いやいや、そんなことないよ。彼女と仲いいし。お前の方こそなんかあったからそう見えるんじゃないか」みたいな感じに返せますよね。

 

よくわからないものに反応して、内部世界で終わらせてしまうから、不機嫌だったらつられて不機嫌になったりはする。

 

だから『人ってそういうもんだ』と思っておけば
なにか不機嫌だったりしてもそれを咎めるのではなく
例えば私が不機嫌になって暴言を吐いたとしたら
暴言を吐くということに対して、怒ることはできます。

 

「ぱんださんと言ってもちょっと最近天狗になってるんじゃないんですか」
とか言えばいいじゃないですか(笑)

「そんな暴言を吐かれる覚えは無いです。謝罪をしてください」
といえるはずなのに、泣いてひどいで終わってたら、泣いてひどいで終わりますよね。

 

起こったことに対して、その場で反応ができないという人もいるから
それは変わりたければ、経験をしてその場で言えるように変わっていけばいいと思います。

 

 

ここは選択の基準と行動の基準も関わります。
だからそれは起こったことに対して
どれを選んで、どの行動を起こすかという事をし
伝えるという事をしているんですね。

 

 

相手を慮る(おもんぱかる)

やっぱり日本人は伝えるって言うことがひょっとしたら下手なのかも知れないですよね。
相手を慮(おもんぱか)って察して何かしてあげようという文化とか
そういったところが発達してきたので
率直に聞いてどうとかというのが苦手なのかもしれないですね。

 

ただ、その相手は慮る(おもんぱかる)というのは
自分の五感とか六感、七感がある程度発達していないと難しいというのと
その表情とか動きから相手の心理がある程度わかるとかっていう状態じゃないと難しいです。

 

 

昔の人にそういうことができる人がそれなりに今よりも数が多くいたのは、日々の生活の中で、体を使うことばかりだったじゃないですか。

 

ご飯炊くにも、火をおこすにも
何をするにもまず体を動かす事っていうのをやって。

余計なことを考えるんじゃなくて、
ご飯を作るんだったらご飯作るためのことをやって
掃除をするんだったら掃除するための事をやって。

 

 

今みたいに大量の情報にさらされていないじゃないですか。

 

スマホが出来てから、さらに情報量が一気に増えてしまったというのもあるけれど、 2年ぐらい前に知った一つの研究データで見ると、今の日本人が一日で取る情報量というのは、200年前にイギリス人が一生で取る情報量に等しいそうです。

 

スマホをみれば2時間とか3時間とかずっと見ていれば、ものすごく大量の情報にアクセスしていますよね。

 

繁華街とか行くと、人がたくさんいるから
当然に、人の声とかも聞こえるし
街だったらそのネオンとか乗り物が動いているとか
いろんなものを見ると言うのと。

聞くというのも
人の声だけでなくいろんなこところから
音楽であったりとか
選挙が近かったら街頭演説の声とかいろんな音とかも聞こえます。

 

 

見る聞く感じる情報量がとても増えてるのかなと。

 

そうすると脳は、1日で処理できる量もある程度限られているはずなので、一晩寝てもやっぱりすっきりしないですよね。

 

状態で言ったらすっごい粗いノイズが出ている状態になるので、繊細なものとかを感じにくい人っていうのは増えてきていますよね。

 

 

自然志向で素材の味で満足できる人もいてれば、ガムとかメロン味、ブドウ味、いちご味とかすごいデフォルメされているっていうか強調されているものを好まれる方もいます。

 

いつの頃からか、テレビ番組も下に会話のテロップが出て
面白いところを何回も何回も繰り返して
最初より2回目ちょっと大きく
3回目は、もうちょっと大きく
4回目ダーーーン!みたいな!

面白いとこを何回も繰り返したりするじゃないですか。

 

そういうデフォルメとか強調されていくことをされると
システム的に拡大された情報に対して
「これはそうだ」というその認識のパターンとか
認識のための基礎データというのができてしまうんです。

 

強みを生かす 手のイラスト

 

「ここ笑うところですよ」
「ここ拍手してもらうところですよ」
みたいな感じでされていくと
なにかそういった基準に従わないと反応をする事が出来ない。
というのも自分の中に出来ていってしまいます。

 

これは知覚のシステムについている話だから
考えるとは違いますが、システムを除いて
他のものが動くということはないから話しました。

相手を慮(おもんぱか)って分かって察して何かしようという文化があったとしても、システム上、それがすごくやりづらい状態になっていたりとか。

あとは自由とか権利とか、好きなことを好きなようにしていいんだよ。
あなたはあなたのままでいいんだよとか
今の自分が素晴らしいみたいなことを聞くと
なにかそういうもので在りたいとか、願望のほうが強く出ますよね。

 

願望に沿って自分が作られていたりすると
人を慮る(おもんぱかる)とかいうよりも
自分の欲求に対して、こうして欲しいの方が強くなったりもするし
そもそも相手の話とか興味がないから聞けないですね。

 

 

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3:悩みしらずの思考法