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【資質】4、効率が悪く思える中でこそ

【資質】4、効率が悪く思える中でこそ

質資について

1:資質とは・知覚と認識・個性と全体性

2:強みと才能・心の働きと感情・思考と判断

3:選択と決定・行動と結果

4:効率が悪く思える中でこそ

の4つの記事でお届けします。

 

 

効率が悪く思える中でこそ

 

以前は自分が学んで体験したことを自分の人生で

どう役立てていこうとかいう考え方をする人が、

今よりも多かったと思うんです。手本になるもの、

HowTo本が少ないわけだから、自分でいろんなことを

体験して、知る学んでいくとか、文章一つにとっても

なんて書いてあるんだろうとかをもうちょっと

聞こうとする人も今より多かったと思います。

 

情報に自由にアクセスできる利点もある反面、キーワードを

打って出てきたものを読めば、わかったような

気持ちになれたり、理解していなくてもそのまま読めば

知っているように思われたりというのもあります。

 

学ぶということからいくと、学び方は下手になっている

のかなと思います。要領よくできる人もいるけど、

学ぶ力そのものが衰えている人たちもでていますよね。

 

要領よくできる人はそこに強み、才能、能力が

高かったりとかそういう傾向が高いかなと思いますね。

 

個性をいかすという反面、

こうやればできるという雛形的なもの、

本質でなくテクニック的なものを知りたがるというのも、

個性をいかしにくい一つの要因かなとは思います。

 

ゲームの攻略本がでるようになったじゃないですか。

攻略本が出揃ってからゲームと一緒に買ってやる人もいる。

理由を聞いたらレアキャラやアイテムを同じ値段でゲームを

買っているのにとれる人と、とれない人がいるのは

不公平感を感じるから、自分も欲しいのだそうです。

クリアするのではなく、そこに隠れているレアなキャラや

アイテムをゲットするために、攻略本と一緒にゲームする

という考え方をする人がいて。

何人か聞きましたが、似たようなことを言っていました。

 

 

攻略本の通りにやっていても時間はかける必要があるし、

ゲームを進める点では進めているんだけど。

アイテム手に入りました、難易度めっちゃ高いもの以外は

手に入りましたってなったときに、結果としては努力の結果

アイテムのほとんど手に入ったことにはなるけども、

考えて考えて自分でいろいろ試してやったとは違いますよね。

 

考えてやるというところで、

自分の強みと関わるものが刺激されたり、

もともとの資質が刺激されて機能するとか、

才能能力も同じですよね、そういったことが考えられるじゃないですか。

 

結果重視も間違いではないしいいことではあるけど、

結果を出すためだけの方法を知る、それだけをやるのは

個性を生かすということと離れいくという考え方にもなります。

 

じゃあその一見無駄なことに思えるプロセスが

どこにつながるかというと、その人らしさとか、

人間性といわれる言葉、人間性は定義の仕方が変わってきて

こういうものだと明確にされているものはないと思うんですが

でもその人間性はある程度重要視されていますよね。

 

能力、出せる結果、人望、大体似た人が3人くらいいたら、

やっぱりその人間性の発達の度合いも選ばれる中で

考慮されていくんじゃないのかなとは考えます。

 

一見無駄なように思えるプロセスの中でその人らしさが育ち

その人らしさというものがその人の人間性にどんどん

反映されていく。当然品性というものですよね

 

品性で名台詞としては、クラピカがレオリオに

「品性は金で買えない」と言ったんですけど、

あぁーもっともー!と思ったのを覚えています。

あ、ハンター×ハンターなんですけど(笑)

 

効率が悪く思える中でこそ、その人らしさとか、

人間性、品性というものが育ってくるのかなと思います。

 

範田遥洸

 

その人らしさが発揮されるのは、当然個性を発揮することに

なるから、強みを発揮するのでもその人らしさはでるけど、

強みに限らずその人らしさがあるとしたら、

プロセスの中でそこが育っていきます。

 

物事に対してむきあう姿勢もその人らしさ、

見てないところで手を抜く、みててもみてなくても

実直に同じように淡々とできるのもその人らしさ。

 

その人らしさがはたらく場、求められる場、活躍できる場が

あるから、やっぱりその人らしさは育つほうがいいですよね。

 

どういう神様やみえない人たちの援助が欲しいか

 

品性というのは割と道徳的な基準で見たときに、

人柄であったり人格であったり、あまり好きな言葉では

ないけど人品(じんぴん)というのも入ってきます。

 

結果を出す世界が長けていっても

人間性とか品性が伴っている人のほうが、

在り方として美しくみえるんですよ。

みえるということは在り方として美しい。

 

私が出会う神様たちの中でも、好きなグループの神様たちは

そういう美しさを持っている人に興味を持ちやすいです。

 

人が見ているときは頑張るけど、みていないと手を抜くとか

横取りするとかいう場合は、それに興味をもつ神様たちは、

ここを助長していくんです。

自分の在り方とか選択とか行動の基準、行動した結果に

対しての責任を負い方とか全部含めてその人だとしたら、

それを美しいと思える見えない人や神様が応援してくれる

ことになります。

どういう神様やみえない人たちの援助が欲しいか考えた時に

今の自分ではちょっと無理っぽいと思った時に、

自分の行動、考え方、人との関わり方、

個性と全体性の関わり方を見直してみる考えてみると、

望んだ形の応援を得られる自分に変わっていきやすいです。

 

 

もしくは今こうなんだったら、そこをこう応援してもらえば

いいと思ったんだったらそのままやっていけばいいですよね。

それは望む援助の内容を変えていけば、

今の自分を応援してくれる援助はうけやすくなります。

 

いいわるいではなく、そういふうになっていきます。

あまりにも人を物のようにしかみていなくて、

労働力をタダで搾取するようなことをやっていて

「いつも笑顔でやってこうね」みたいなことを言っている。

そういう状態で一定期間すごしてしまうと神様、

見えない人たちの援助の影響っていうのは

子ども、孫、その先に影響が出やすくなるんです。

 

自分が本来作ってしまったなにかこう負の財産というものが

自分の人生だけで処理しきれなくなったら、

子供、孫、その先に引き継がれることになります。

 

どういう財産を自分以降の子孫に残していけるか

というのも、その人の生き方で変わるわけですよね。

 

たとえば私の子孫、七代くらいあとで生まれた子が、

顔も見たことがない名前も知らない私が残したクレジットの

借金が17億円くらいあって、返済していかないといけない

となったら、生きる希望を持ちにくいじゃないですか。

 

見えないものではあるけど、

負と正、二つの財産の質があったとしたら、

どちらが残るといいのかという視点で見たときに、

実際のお金が残っても、

見えない側の負債を残していたんだとしたら、

お金も見えない負債も残る形になりますよね。

 

できればお金も見えない側の資産も、

子孫にプラスになる側のものがいいのかなと思います。

 

 

三代くらい続けて人間関係がぐちゃぐちゃしていたり、

お金のことで問題があるというのは、三代より前のどこかに

生み出すもとになった生き方をした人がいるんです。

 

プラス、お金がないということは、例えばその学歴等

いわれるじゃないですか。高卒大卒だと同じ企業に

勤めたとしたら、年間でもらえる金額に差が出るとか。

 

1つは学ぶ環境であったりとか、

環境の中で学ぶ力がどう働いていた結果、

選べる職業が決まってしまったというのもあるし、

お金の出入りがうまく機能していない家庭で育つと

考える際の決断、決定に影響してきたりもするから、

血統的な負債を背負ってしまっている+日々の生活で

お金と縁がない生き方になっているということがあります。

そういう中で働く資質も、その環境に本来適さないものが

働いてきたりします。

 

そのあたりは7つの資質もそうなんだけど、

みえないところですよね、その人らしさとか、

人間性品性とか、それがその人にとって、血統に対して

よい状態に発達している方がいいかなと思います。

そういったことが資質とも絡んでくるわけですね。