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【論理と直感】4、論理と直感は2本の柱

論理と直感について

1:論理とは

2:目が合ったのに無視された?

3:直感とは

4:論理と直感は2本の柱

5:論理も直感も使っている

の5つの記事でお届けします。

 

株式会社ぱん堂 範田遥洸

 

論理と直感は2本の柱

 

論理と直感というのは、やっぱり2本の柱であって、

この2本の柱が同じぐらい発達している方がいいんですね。

同じぐらい発達しあった論理と直感の柱の間、

そのどこで今の自分がバランスとっていると、

一番正しく機能するかという所を見ていけたら、

論理と直感を自分の例えば個性とか強みとか資質に沿って

使っていけるかなと思います。

 

論理と直感どちらにも共通しているんですが、

共通して論理・直感を間違わせてしまったりとか

正しく働かなくさせてしまうものが1つは感情。

1つは思い込みです。

 

冒頭の話で言うと「Aさん万引きしたんや」という

思い込みと、あと前提ですよね。

「なんか感じた。神社の中に立ったらここで感じた」

と言ったときに「え、どんな神様?」と聞いたら、

感じたものは神様だという前提がありますよね。

 

質問した側も、なんか感じたと言った側も、

神様前提で話を進めていかなきゃ、と思ってしまう。

これは感情にしろ、思い込みにしろ、前提にしろ働いてしまう。

 

論理も破綻していくし、そもそも

妥当性を証明することができないですよね。

直感も感情や思い込み、前提があると、『それは

そうであって欲しい』という願いに近くないですか。

そういった意味ではどちらも感情・思い込み・前提が

ない状態が望ましいです。

 

感情と思い込みと前提が無い状態を作る為には、ある程度

論理的に物事を見て考えていくというところですよね。

客観性が必要になってきます。

 

だから私は人の話を聞くときに信じてもいないし、

疑ってもいないんです。

 

 

今何を話していて、それを何故そう思ったのか、どこで

判断したのかなど、そういう根拠を明らかにしていく

聞き方をするから、聞くときも聞き終わってからも、

正しいか間違っているか、事実か嘘かは、

あまり気にしません。

 

聞いた中でおよそ正しいものや、事実だけを

寄せ集めていったときに、

およそ正しいものと事実の総量が18%で、

82%が曖昧だったり根拠がないものだとしたら、

じゃあ18%をもとにして、残り82%はその人の感情や

その時どう思ったというところから色々派生してきたのかなと。

 

何度も繰り返し思い出していく中で、

どんどん原型から離れてデフォルメされて。

気になったところだけがピックアップされてしまった、

それが今の認識している世界なのかなと考えます。

ではその認識したものにどういう影響があって、

それをどうなりたいと思っているのかをまた聞いていくわけですよね。

 

論理と直感、それを両方使っていくことが、やっぱり

何某か対人援助という形でサービスを提供する時には、

備わってる方がいいのかなと思います。

一定水準より上の方がやっぱり望ましいですよね。

望ましいけど、なかなか論理にしろ直感にしろ、

自分で磨いていくとか伸ばしていくのはしにくいかもしれないですね。

 

誰でも直感を使っている

 

洗濯干すの忘れてたのを思い出すとかは、記憶の中にある

ものだけれど、思い出そうとせずふって湧いてくるわけ

ですよね。そういうのも広い意味で直感と捉えておくと、

人は誰でも直感を使っているということになりますよね。

 

直感働けへんっていう人は、その直感の定義がまず曖昧ですよね。

曖昧なのに無いって思えるところが、例えば思い込みとか、

あとは自分は直感が働かないっていう前提に沿っていくから。

 

ある意味「直感がない」を証明するために、色んな物事を

紐づけていくのが出来上がってしまっていたら、

どこまで行っても直感はないですよね。

 

 

直感があると思っている場合も

「その直感が1日にどのぐらい働きますか?」と。

「直感にサイズという概念はないけれども、

凄い大きい物事に対して働くとか。

人生に凄い影響を与えたものを直感的に知ってという

回数はどれくらいありましたか?」

と聞いていくわけですよ。

 

凄い直感が働くんですと言う人にそうやって聞いていくと

「いや、今まで生きてきて2回か3回ぐらい」と。

「その2回か3回の直感に従ったら、

何か現実に役立ったということがありましたか?」と聞くと

「いや、なんか閃いただけで終わりました」

という人もいますが、

「その2回3回に関しては、直感通りにして凄い良かったです」

と言ったとしたら、

「ではその大きな直感や閃いた時は、従うとそのように

働くんだったら、あなたの直感はそういうところに

今は役立っているかもしれないですね。

だから今後も人生に対して大きな影響を与えるような

直感を感じた場合は、それに従う方向でやっても

良いかもしれないですね。」ということになります。

 

「ひょっとしたら、あなたはそのサイズだけを直感と

捉えているかもしれないけど、

日常的にもっと小さなサイズとか、

いろんなサイズがあったとしたら、

本当はそれを感じてるけど大きいもの以外を

直感認定していないだけじゃないですか。」

「そう言われれば確かに、なんとなく気づいたりとか、

なんとなく思ったことを言ったら、それが凄く喜ばれたり

良かったことがいっぱいありました」となるわけですよ。

 

お椀

 

そうやって「直感が閃くんだ」「直感が凄くあるんです」

と言ったら、閃くのはどういう時かとか、

閃いたものがどう役立ったのかを見ていくと、

自分の直感が今どういうシチュエーションで働きやすいとか、

そのシチュエーションで働くんだったら他でも

働くかもしれないというところを見ていけるわけですよね。

 

これをやっていく時には、やっぱり論理ですよね。

検証して事実を積み重ねて、

今まで体験した直感による経験の関係性とかも見て、

妥当性を保証するのを繰り返して、

妥当性というのが正しい、じゃあこれはもう

論理的に考えても破綻がない状態だ、

私の直感というのはやっぱり正しく働いているんだ、

というのが分かるから。

 

そうしなきゃいけないわけじゃないけれど、

そうすると自分の直感について知れて、

直感の正しい使い方や自分の個性に合った使い方と

いうところに進んでいく。

その進んでいく道が開けていったり、

そこに扉が出てきてパカーっと開いていったりします。

 

直感が正しく働いて、尚且つ

個性に沿った働き方をするようになってくると、

直感そのものが自分という個性に合った働き方をする。

その直感というのが、今度は物事を論理的にしていきます。

 

論理の筋道立てて、物事考えて体系化して理論するとか、

理論化するというときに、

自分の個性に沿って働いている直感が、また役立つわけじゃないですか。

 

だから直感だけが悪いわけでもないし、

理論だけが悪いわけでもないし、直感だけでもいいし

理論だけでも良いんだけども、

せっかく自分に備わっている2つの柱、

2極だとしたらそこが両方自分の個性に合った形で

発達しているほうがいいですよね。

 

 

続きはこちらです。

5:論理も直感も使っている