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【成功と幸せ】2、幸せとは

成功と幸せについて

1:成功とは

2:幸せとは

3:今足りている物を知る

4:『自分軸』で『成功』と『幸せ』の両輪を回す

の4つの記事でお届けします。

 

株式会社ぱんだ堂 範田遥洸

 

継続を邪魔するもの

 

継続できているということが

成功の重要な要素ではあるのですが、

その継続するということを邪魔するのが、

他人を気にするところです。

 

自分のやることが分かっていて、

やることに邁進していたら、他人の思惑とか

他人のやっていることとかは、

本当は別に気にならないわけですよ。

 

その情報の一つですよね。

何かサービスを新しく作っていくときに、

じゃあ同業他社はいまどういった動向なのかとか、

これは情報を得るためですよね。

自分のサービスをリリースするための情報を得るのと、

何かウチがサービスを用意してる時にA社B社もやってるなと。

これを「真っ向からウチに喧嘩売ってきてんねんやろうか」

みたいに捉えると、自分の主観が働いてくるから違いますよね。

 

そういう意味での自分の主観とか感情に沿って

他人を気にするっていうことは、

継続していく上で邪魔になってきます。

 

嫉妬は特に大敵ですよね。

 

例えば夫婦に限らずパートナー同士ですよね、

ちょっとやきもち焼かれる程度ならば

「ああやっぱり俺のこと、私のこと好きなんや、

気になるんや」と分かるけど、

ずっと「今の誰?」「何の話してたん?」と言われたら

「ウゼー」となるじゃないですか。

自分に自信ないの?みたいになるじゃないですか。

そういう感じなのかなと思いますね。

 

だからそういった意味では他人が気になったり、

特に嫉妬が湧いてきている時は、

自分のことが疎かになっていたり、継続できていないから、

人だから出てきても仕方がないものだけど、

まあ気が済んだら元に戻ろうねということですよね。

 

 

成功はある意味、一定の条件下でこれが正しいというのを

証明するようなものに近いかなっていう気はします。

 

実験という言葉に置き換えたら分かりやすいと思うのですが、

ぱんだ研究所で笹の葉っぱに何を乗せて食べるとおいしいか

実験をしてたとします。おいしさが数値で出るとしますよね。

 

「やりましたね、ぱんだ博士。笹の葉に、

塩辛と生クリームとビターチョコ7:1:2の割合で載せると、

数値が100万を超えました。実験成功です。」と。

 

でもそもそも笹に何を載せても食べへん。

という人には興味がないけれど、そのぱんだにしてみたら

主食の笹に何を載せると一番美味しいかで、

その後の人生の幸せの度合いが変わるわけじゃないですか。

じゃあ一生懸命色んな組み合わせで、しかも

その組み合わせだけで100万超えてしまったとなったら、

それは成功っていう形になりますよね。

 

だから自分がやっていることというのが

一つ何か素材だとして

『この素材がどうなった時に成功と思えるか』というのが

自分の中で描けていたら、

そのために必要なものを取り入れて、

都度試していくっていうことを繰り返して。

 

色々途中やったし、成果でえへんこととかもあったけども、

こう続けてきたらここにきましたよ、となった時に、

それは一定の条件下でやったことの正しさというのが

証明されたわけですよね。

 

だからそういった意味では、成功するためには

曖昧さというのを回避していく方が良いですよね。

 

 

例えばぱんだ博士に

今回の実験成功しましたがと聞かれたときに

「うーんそうだね、ぱんだの生き方って、

割とふんわりしているから、ふんわりした中にも

もうちょっとモチっとした感触っていうのかな、

なんかそういう感触があると、皆ウェーイってなって

ハッピー感が増しましかな」と言われたときに

「博士、その言葉が独特と言いましょうか、

雲を掴むような感じで掴みきれないんですが」となるじゃないですか。

 

そうなった時には曖昧なものではなく、

何をどうやりましょうかということですよね。

 

告知をしていくにしても、

じゃあ告知は誰に頼むのが良いか、

どういう内容のものを書ける人がいいのか、

どういうタイミングで、どの媒体でどういう頻度で、

と決めいていく。

 

現実的にできることであったり成功させるために

必要なことがあるのだったら、それをやっていく。

 

曖昧さを回避して現実性をもって物事を動かしていく

ということになり、それが一つの結果ですよね。

 

その結果が思っている以上とか、思ったような感じとかに

なっていれば、成功してるというふうに言える。

 

それだけではヤッターという感覚があったとしても、

じゃあそれが幸せかっていうと

やっぱりそれだけでは幸せという感覚には至らないですよね。

 

そういったものを何回も何回も積み重ねていくうえで、

その成功というのがいくつもいくつも繋がって

常態化している時に、

人は満足したり幸せというのを感じるのかな、

その幸せな感覚とか満足な感覚が伴ってる時っていうのが

成功してるんじゃないのかっていうふうに考えます。

 

強みとは

 

幸せとは

 

次は幸せです。成功よりもさらに曖昧なものですね。

「今幸せですか」と聞くと「不幸せではない」と

表現する人が、どこからか増えてはきたんですね。

 

例えば私が道を歩いていて

「すみません、ご主人。ご主人は太ってますか。」

と聞かれたときに、前の体重の時に

「いや痩せてはないと思います」と言ったら、

そのテレビの向こうから「太ってるじゃん」と

突っ込まれると思うんですね(笑)

 

ただ「不幸せじゃない」と言われたときに、

突っ込みようがないんですよ。

 

まず1つはその状態が幸せであるということを

伝えていないわけじゃないですか。

あと「不幸せではないんだけども、

じゃあ幸せというのもそこそこある状態なのかな」と

推測してしまうと、やっぱり突っ込みようがないですよね。

だから『不幸せではないと言ったときに必ず突っ込む』

という法律ができたら、

もっと幸せについて感じられる人は増えていくと思います(笑)

 

 

「幸せですか?」と聞いて「はい、幸せです。」

っていう方も増えています。

「例えばどういったことが幸せですか」と聞くと

「主人が一生懸命働いてくれてて、私も働いてて、

経済的にそれなりにゆとりがあって、

休日に友達とホテルでランチができたり、

旅行行きたいって言ったらじゃあ行っておいでよって言って、

2,3泊家を空けても自由にできる」とか

そういうふうな条件ですよね。ということを言っていて

「だから幸せなんです」という形になることは多いんだけど。

 

それで言うと、それが出来ていなかったら、

幸せが訪れないとか幸せがないっていうことになりますよね。

 

幸せというのは、本当にもう主観的なものです。

文化・教養、宗教観、生活様式、趣味趣向、性格によって、

全くとは言わないけれども中身というのは

人それぞれに分かれてきます。

共通しているのが『幸せという言葉を使う』のが

共通しています。ただ中身は別々。

 

幸せに共通してる次のものとして、

『曖昧さを伴う』というのも共通してる。

 

曖昧さを伴うと似ているんだけども、

『幸せについての定義がない人が多い』というのも共通しています。

 

この定義とか内容ということを私はよく聞くんですけど、

夫婦仲良くなりたいと言われたときにも

「どうなっていたら夫婦仲が良いと思えますか?」

と内容を聞くんですね。

その定義が無いにも関わらず『幸せではない』と

断言できたりもするんです。

 

水面に映った姿

 

これは中身が無くて曖昧でも、人が生きていく上で

必要不可欠なものが幸せな感覚ですよね。

だから幸せになりたい人に向けてセミナーをやったとしたら

私は絶対「どういう状態だったら」と聞くと思います。

そして、その人の定義というのを作ってもらう。

 

そうすると、今、現実に実際はそうでなかったりとか、今、

不満があることが解消されている状態を書く人が多いんです。

ということは、今ある不満が解消されたら

ひと先ずは幸せにはなれる、

または、幸せだと実感することはできるのかなとは思います。

 

仮説的にものを考えた時に、幸せというのは、

例えば私だったら私という人が身を置いている環境や、

そこでどのような状態であるかというところで、

当然その心の在り方というのが変わるわけですよね。

 

その心の在り方によって変わるものが、一般的に言われる

幸せだと思います。その心の在り方で変わるものが

一般的に求められている幸せだとしたら、

どのような状態であろうがどのような環境であろうが

変わり続けて在り続けるものが、

『変わることがない幸せ』ということですよね。

 

この『変わることがない幸せ』というのは

なかなか難しいですよね。

これは心の在り方と存在としての在り方と、

世界への関わり方、認識が

全部その方向に向いていなければ、何が起ころうと

何があっても幸せな状態ではありえないかなとは思います。

 

 

続きはこちらです。

3:今足りている物を知る