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【選択の基準】2、現状のスペックと採用しているOSの規格

選択の基準

1:自分を責めなくていいし、人を責めなくていい

2:現状のスペックと採用しているOSの規格

3:頑張るけど結果につながりにくいとき

4:一生かかっても変わらない側を選ぶか、3か月で変わる可能性を取るか

の4つの記事でお届けします。

 

 

無意識で基準を増やす

本当は人は、自分も人も責める必要がないように出来ているはずなんだけど、容易に人を責めたりしてしまいますよね。
自分も人も褒めるのが下手だったりするから、いつも損した感覚を持ってしまう人もいます。

 

自己肯定感だけが発達してる人も、全部最後オッケーにして諸々問題があっても結果が自分にとってOKにしてしまうと、いつまでたっても自己成長に至らないということもあります。

 

選択の基準は、一生の間に3回くらいでいいから、3か月、半年、1年くらいかけてみるのをやってみると本当はよいかなと思います。

 

選択の基準がコロコロ変わる人は少ないんです。短いスパンで変わるように見える人は、もともと基準そのものが数が多い。選択の基準そのものがたくさんあるんですね。色えんぴつ12色の人と、200色持ってる人みたいな感じです。

 

描く作品に合わせて色の組み合わせを変えていくみたいなイメージです。アニメチックな絵はこんな感じ、昔話風はこの組み合わせみたいな。

基準の組み合わせもたくさんある人は、自分が抱えている事案に対してピッタリなものを選んでいる人が多いですね。

 

 

 

私含め一般の人は、複数の事案を一度に抱えることがないんです。
なので一生のうちに3回くらいでいいから、見る時間をとってみると自分は今、どういう選択の基準をもってて、それがどういう結果を生んでいるか。
なんとなくだけど知っていくのに役立ちます。

 

このなんとなく知るのが大事で、
『選択の基準』があるんだっていう概念があるのを採用し
それについて自問してなんとなくわかった!というのは
選択の基準に触れているから、それだけで『選択の基準』が増えていくんです。

 

もともと12色だけだったものが、『選択の基準』があるんだ。
注意してみようかなってなると、気を付けてそれに取り組んでやっているだけで、12色が勝手に48色に増えていたり、64色に増えていたりします。

 

強みとは 株式会社ぱんだ堂

 

知らないし、概念も採用しないと、ずっと基本の12色でやっていきます。
概念に触れて採用して取り組むだけで、勝手に数が増えるのです。

 

今までと違う物の見方、感じ方を自分で気付くようにもなります。
自分の『選択の基準』新しい選択の基準を作るのに役立ちます。

 

作ると言いましたが、ほとんどの場合は無意識下でプログラムとして作られることが多いです。

 

 

プログラムというと分かりにくいかもしれないけども
赤ちゃんがいきなり箸を使えないですよね。

ハイハイから始まって、手で物を掴んだり、舐めたりから始まり、スプーンを持ったり、
なんでそれがほっぺにいくんだろうってこともありますよね。
それを繰り返すことで、手にスプーンを持って口に運ぶようになる。

 

大人は、お椀がどういう形状素材であっても、見てなんとなく素材の重さが分かるから持ち上げて食べるということができる。考えてやろうとしたら気が狂いますよね。お茶碗を80グラムの重さで支えて、腕を毎秒○秒で動かす、この角度で、とか考えていたら気が狂うじゃないですか(笑)。

 

お椀

 

見た目で判断して体が勝手に反応するのは、繰り返しによって作られていくものであるから。そういうふうにしてプログラムは無意識下にどんどん作られていきます。

 

行動としてはわかりますよね、箸を持っている、茶碗持っている、とか。

でもそれ以外の細かいことは無意識下で機能しているんです。

 

中間層以降、下にあるもの

無意識下が曲者で、間違った環境であったり
本来合わない役割を勝手に任されたとして
その役割を果たすために必要なもの強みや才能は発達するけれど
本来自分を生かす強みや才能は発達しない可能性があります。

 

そういう環境で一定期間過ごすと『その環境で作られたシステムが役立つ場』を無意識に選んでしまったりします。

 

家の中で都合よくやらされてきた、期待ばっかりされてプレッシャーだったとか。結果は出すけど、気を抜けない人は、社会に出ても同じようなプレッシャーを感じる場を選んでしまうことがあります。

 

結果出すけど、気が抜けず疲労感が残るとか。
そういう環境を、なんかわからへんけど選んでしまう。

 

なんかわからへんけど選ぶ、の『なんか』を見ていくと、選択の基準に気付きます。
それに気付くには、前に話した『考え方』が必要なんです。

 

なんでかわからへんけど、体をよく使われるとか
下働きみたいな環境を選ばなくてもいいようになっていこうとか。

仕事任されて感謝もされるけど、プレッシャーを感じて気持ちが休まらない。
疲れているのから抜け出したかったら、抜け出したい自分を生かそうとか、そのように向かっていきます。

 

行動自体を変えるには『行動の基準』で話しますが、みんな表面で起こっていることを問題視しがちです。

 

その表面的に起こっていることを起こさせる
少なくとも中間層より下にあるなにか
そこに起因するものを扱っていかないと
表面で起こっているAという現象を押さえても
Bで生まれてきたり、現れ方は違うけれど
どっちも最終的に自分に跳ね返ってくるとか。
という事が起こりえます。

 

表面のどれを選んだとしても、およそその中間層以降にあるものを変えない限り、結果として全部自分に跳ね返ってくるものが発達する可能性があります。

 

 

うまくいっていて自分は幸せだ。
毎日生き生きしているといっても
家庭に問題が起こっていてそれが心が病むほど気になっていて
表面的に出せないとか。

 

それはひょっとしたら、『選択の基準』を見直すと改善できる可能性がみつかるかもしれません。

 

自分なりになにかを変えていくということとか。
取り組んでも、結果として違う形で何か不和がが起こるとしたら
表面的に起こっているところを変えるのではなく
その中間層以降、下にあるものを変えていくということですね。

 

株式会社ぱんだ堂 範田遥洸

 

規格のあっていないOS

お話を聞くときは課題とか言う風に聞くこともあるけども、実際はただそこで機能しているものだと捉えているんです。
プログラムがただそういうふうに機能しているものだって捉えている。

 

人がシステムだとしたら、システム上でどういうプログラムが機能して、結果として現実にどういうフィードバックを起こしているか、という見方なんですね、基本的に。その見方はプラスもマイナスも見ていません、事象がそのように起こっていますみたいな。

 

本人で気付かない『選択の基準』に向きあたったり、この『選択の基準』を採用していたら、それは今はしんどいでしょうねとか。

 

小学校上がる前くらいまでの間に、親から徹底して繰り返して言われたことで作られた基準があったとして。
それを50歳になっても採用してたとします。

 

生きてきていろんな経験を積んで、スペックは新しくでたMacbookPROみたいなのに、何で選択の基準のプログラムは、Windows98と同じものなんだろう、と。

 

 

例えば、パソコンで言えばWindows11を実装している最新機器で、Windows98は本来機能しなません。

しかし、人のなかでは今例えた組み合わせで機能してしまいます。

 

そうすると、自分を生かしきれない感覚が出てきます。
その人が能力が低いわけでも、怠慢とかやる気がないわけでもなく、現状のスペックと採用しているOSの規格があっていないからそういう結果に至りやすいだけなんです。

 

規格のあっていないOSのひとつに『選択の基準』が含まれるんです。

 

「三つ子の魂百まで」というけれど
躾がきびしいとか、親の道徳観念が強いとか
親の影響力が強いと子どもの時に刷り込まれたものというのは
ありとあらゆる選択の基準に使われたり
プログラムの土台の一部に採用されやすいのです。

 

どの基盤を見ても、どの基盤にも全部「へのいちばん」がある、みたいな感じです。
なんでこれだけ日本語なの?ほかの全部英語で書いてあるのに?「へのいちばん」入って機能するの?みたいになりますよね。

 

「へのいちばん」がバグをおこさせるものになる。

 

 

そのようににみていくと、自分を責める必要がありません。
怠慢だから、能力低いとか、協調性がないとか、という見方をしなくていいんです。単純に「へのいちばん」を抜けばいいんだって(笑)

 

そういう概念に沿ってみて行ったら、自己否定とかから離れられるので、実際起こっていることに対してフラットに見て聞いて関わりやすくなります。
自分の基準を見ていこう、特に選択の基準をこの期間にみていこうということもしやすくなりますよね。

 

 

続きはこちらです。

3:頑張るけど結果につながりにくいとき