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【思考と感性】1、思考とは

思考と感性について

1:思考とは

2:感性とは

3:感情をコントロール

4:思考と感性が現実を作る

の4つの記事でお届けします。

 

株式会社ぱんだ堂 範田遥洸

 

思考とは

思考というのは、漢字で書くと「思う」と「考える」だから、

「思い考える」ということなのですが、

人は思いを巡らせるとか、考えるということをしますよね。

 

自分で思いを巡らせて、

「こういうふうにしよう」とか考えている時、

これは『考えている』状態になります。

ふと気づいたら思い巡らせていた、考えていたというのは

考えるのではなく『考えていた』になるんですね。

 

『考えている』と『考えていた』の違いについて

 

考えるというのは、思い巡らせ、自分で考えている状態が『考えている』。

 

無意識的に何かが外からの刺激に対して動き出して、

思い巡らせていたり、気付いたら考えていたという状態が『考えていた』となります。

 

自分主体で必要なことについて『考えている』というのと、

なんかわからんけど『考えていた』というものの差が出てきます。

 

コンパスと羅針盤

 

考えることが下手な人が、いつからか増えてきたような気がしています。

 

スマホがあったらいろんなことが分かりますよね。

以前のようにわからない言葉が出てきたら辞書を開いて、

ア行のここに書いている。調べる、探すなどの作業もせずとも、

キーワードを入れたら簡単に出てきます。

いっぱい出てくるから知識としては得やすいですし、

量的にも情報をたくさん得ることができるのは利点なのですが、

そのために選ぶとか、その知ったものをどう扱うかが

苦手な人が増えてきたとは思います。

 

情報をまとめていくのはできるけど、考えるのが苦手とか。

それで思っていることが分からない、

感じにくい人が増えてきたんですね。

 

ふた昔前には、難しく考える人もいなかったと思うんです、

与えられている情報が限られているから。

 

家の中でお父さんがお酒飲んで暴れていても、

「うちのお父さんはこんなもんかな」とか、

「お酒飲まなければ真面目なのにね」と言われたら、

「あぁ真面目なんや」と思ったりとか。

 

親子の猿

 

その与えられた環境の中で、

それが自分に与えられたものなんだと、

ある意味、受け入れたり諦めるということをしてきていました。

だからあまり物を考えたり思ったりしなくても済んできたというのはあります。

逆に、考えたり思うとしんどくなるから辞めてしまう人もいると思います。

 

ただそれが表に出てくるということがないんですね。

一般常識やルールの中で真面目にしていたら、

しっかりした人とか真面目な人という評価をもらえるからです。

 

思い考えていることを出さずに生きてこられたというのがあります、

だから昔は目立たなかったんですね。

 

今は表現が自由だからいろいろと言えるし、

いろんな人がいろんな媒体で発信をしますよね。

いろんなものを活用して、それぞれのSNSのジャンルで有名な人が出てきます。

 

大きいサイズの人から小さいサイズの人までいて、

それぞれに自分が思っていること、考えていること、

やっていることを出していくと、

人ってこんなふうに思ったり考えたりもできるんだ。

こんなふうな生き方とか生活がいいな。というのを、

外からの刺激で知るようになっていきます。

 

パソコン

 

そうなった時に、何をやりたいか思いつかない、

どうなりたいか考えたことがなかったな、

しいて言えば健康に今の仕事が安定してたらいいな。

とか、そういう思い、考えで止まってしまう。

 

一時期、起業女子、きらきら系、ママでも働けるとか、

男性でも副業でとかありましたよね。

そういうのを思いついてやれる人はいっぱいいるみたいに見えるけども、

実際総数の中では2、3割なんですよね。

 

他の人はそんなこと思いもつかないし、

何になりたいどうなりたいとかを考えてもわからないというのも、

そんなに珍しくはないんです。

 

実際、将来なりたいと思っていなくても、

今がそうじゃなくても、何も努力をしていなかったとしても、

『発信して見せかける』が出来てしまうじゃないですか。

 

その弊害もあって『中身がない人が、誰かの真似をして言ってやってること』すら憧れの対象にしてしまうから、

中身がない自分が、中身のない人に憧れて、

結局考えるとか思うとかというところには至らなくなってしまうんです。

 

ただ行動とかに憧れるとか、ステータスに憧れるとか、

こんなふうになれたらなという憧れで終わってしまうから、

考えてそこに至る。ということが出来ないし、

なぜ自分がこれに憧れるんだろうか?ということを考えたり、

そこに思いを巡らせるということをしなくなります。

 

葉山の海と空

 

私の心

 

ある意味思考というのは、

心とか精神の働きという風にも捉えることができて、

心とか精神の働きを見ていくと、

やっぱり脳の機能とか無意識下で作られているシステムなどの影響というのは回避ができないんですね。

 

『私の心』と思っているものは確かにあるけれども、

私の心の中の全部が私が考えたり思ったりするから働くのか?と言うと、どちらかと言うと逆なんです。

 

心というのは脳の影響で働いて、脳の影響で働いた心に従って、

思ったり考えたりするというふうになっていくからです。

 

でも人はやっぱり生きていて、私という人間を感じたら、『私の心』というところを基準に見てしまいますよね。

 

だから「私の心がそれを良しとしません」とか

「私の心は悲しんでいます」とか言っているけれど、

そう言ったとしても実際本当に私がそれを良しとしないのか、

悲しんでいるのかというのは、何とも判断しにくいですよね。

 

翼の生えた天使

 

小さい時の経験上、何回も何回も積み上げてきたものが

自分の無意識下にプログラムとしてあって、

外から刺激が来てそれが反応した。

反応したら何かシステム上作動して、

自分が感知した時に「あ、今、私の心がそれを嫌だと言ってる」という風に認識する。

認識して以降を人は引き受けているんです。

 

だから湧いてきたということは湧かせた何かがあるけれど、

ここは基本的に人は気にしないですよね。

湧いてきて以降、感じて以降、「私の心は・・・」という風になるし、

私はこう考えます。というのもその心によって働いたものが、

結果としてその時の考えとして採用されます。

 

『考える』とか『思う』とか『心』とか『脳』とかというのが、

そのように関係しあっています。

『スタートからゴールに向かっていく完結するための考え方』というのを私は『考える』というふうに定義するんですね。

 

海を背景に 株式会社ぱんだ堂範田遥洸

 

それはある意味、一定の状態を満たすためとか、

一定の条件を満たすために、

そのために必要な過程を踏んで道筋を正しく整えて、

結果方法に至って、その方法を採用したら条件を満たしました。とか

一定の状態になりましたというのが

『考える』ということかなとは思います。

 

だから「考え出したらなんかアレコレ不安なことが出てきて、

考えが支離滅裂になるんです」と表現する人というのは、

これは考えている途中で何か別のことが出てきた時点で、

実際はもう考えていないんですね。

 

出てきた何かというのは、

考えている中で何かスイッチが入っちゃったとか、

考えている中で何か外からの刺激がきたから反応しちゃったとかで、

別のことが思い浮かんでいる。

その別のことを思い浮かんだら、

それに伴う感情とか感覚に刺激されて、

また別のものが出てきて…というふうに、

あれこれポンポンポンポン、スイッチ入っていきまくる状態が

支離滅裂と表現するものに近いかなと思います。

その多くの場合、どれ一つについても考えてないですよね。

 

 

「あぁどうしよう。どうしよう」というのは、

考えているんではなくて、焦燥感であったり何か戸惑いに近いから、

それこそ考えでも思いでもなく、

ただ刺激に対して出てくる感情とか感覚ということになってきます。

 

 

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2:感性とは