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【資質】1、資質とは・知覚と認識・個性と全体性

質資について

1:資質とは・知覚と認識・個性と全体性

2:強みと才能・心の働きと感情・思考と判断

3:選択と決定・行動と結果

4:効率が悪く思える中でこそ

の4つの記事でお届けします。

 

株式会社ぱんだ堂 範田遥洸

 

資質とは

 

生まれつきの性質とか才能とかそういったものが

全部資質という風に言われます。

 

袋の中に5000個入ってたら、それ全部が資質と

捉える事が出来ます。基本的には人間だから、

袋に入っている量に差はないという風には考えています。

5000個だったら、みんな大体5000個前後あるのじゃないかと思います。

 

まれに袋の中に10個しかなかったとしたら、

一般的な規格とは違う世界で生きていくことになります。

スーパースターみたいになるか、

全く人に受け入れられることないような極端になるのではないでしょうか。

 

最初から10個だったらそういう風にはなるんだけども、

5000個あるのに、10個しか使わなかったらどうなるか。

個性的な人、その分野で天才性を発揮している人は、

全体的なものを見たり協調するのが欠けていたとしても、

自分の中でうまくいくシステムとかルールとかを

作ってしまうから、世の中ではうまくいったり

という風には考えられます。

 

生まれつき備わった性質とか才能とかっていうのものが

ぜんぶ資質という風に考えるとしたら、

『性質』はその人が持って生まれた気質というのかな。

気質・資質・才能、定義づけを

専門家がやってくれたらいいんだけど、

今のところ明確なものはないようです。

性質は持って生まれた気質っていう風に考えられていました。

 

気質、才能をみたときに、

『才能』は生まれつき備わっている能力という風に

捉えられていることが多いですよね。

他の人よりその事象、事柄に対して優れた働きを

発揮するものを才能という風にとらえることが多いです。

 

じゃあ『能力』はどういうものかというと、能力そのものは

物事を成し遂げるために必要とする力であったりとか、

その事柄に対して有効にはたらく力と捉えられたりとか、

動作するとか、その時の所作、肉体精神的な働きに対して、

いろんなところに対して必要とされる力というふうに

まとめられることがあります。

 

それらは全部、資質という

ひとつの袋の中に入っている状態と私は捉えています。

 

強みとは 株式会社ぱんだ堂

 

ではこの資質の中でなにをみていくか。

ぱんだ堂では、ロジカルヒーリングを全般に使っていますが

資質の中ででも、7個ピックアップしているんです。

実際はそれぞれ2個組み合わせて14個なんですけども。

1つが、知覚と認識が柱になっていてワンセットなんです。

 

知覚の極端と認識の極端があって、

ひとつの柱になっているというふうにまとめています。

 

  • 知覚と認識
  • 個性と全体性
  • 強みと才能
  • 心の働きと感情
  • 思考と判断
  • 選択と決定
  • 行動と結果

 

7つ、これらを扱っていくと、

およそ人は生きやすくなっていくんじゃないか。

自分が思ってること感じてることに気づいて表現していくとか

「やりたい」「こうなりたい」にそって学んでいくとか、

変わりたいのであれば「どう変わりたいか」を知って、

考えて、選んで、決めて、動いていけるんじゃないか

と考えて、7組14個の資質を扱っています。

 

一応この順番で見ていくといいんじゃないかとは思うけど、

人によって違うから、どこか著しく、おかしい。

考えられない。整理できない。というときに、

順番通りにやるということは絶対にありません。

 

順序だてておくと、

話をするときでもわかりやすいかなというのと。

悩みは多岐多様といいますが、雛形は決まっているんです。

どこになにがあてはまっているかというだけで。

 

雛形というのが悩みというもののプログラムの原型だとしたら

原型に対してどうアプローチしたらいいか、

というのがこの7つの並び方だと思っていただくと良いです。

 

 

知覚と認識

 

知覚は五感、人によっては五感以外を使う方もいるけれども

五感を使って人との関係性、関わった出来事、

事象に触れるわけですよね。

五感をもって情報を得ていくわけなんですが

『触れました、情報やってきました』までが『知覚』

という風に簡単に考えればいいかなと思います。

 

「やってきました!がってんだ!」と引き受けて、

これはこういうものだと無意識を含めて分けていくのが『認識』

 

情報をどういう風に認識して処理していくかで、

同じ出来事でも人によって最終的な記録・記憶が

変わってきますよね。

 

知覚そのものが触れることで情報がやってきますが、

情報が100きているのに、認識する作業の時には、

すでに10%7%しか処理していないとしたら、

残りすべて無効化されてしまいます。

その場合は知覚と認識の接点がおかしくなっていて、

正しく機能していません。

 

認識する側というのは、育ってきた環境で

どういう風にものを考えて行動して、どういうふうに

その環境の中で扱われて機能してきたかということで、

自分の得た情報を主観とか、ストーリーに添って

無意識に分けていくわけです。

 

100のうち10%7%しかもともと処理しないのに、その

ごく一部もストーリーにそって認識して落ち着かせていくと

結果として正しい情報というのを扱う事が出来なくなります。

 

自分の主観というのは、いま身を置いている世界観とか、

その世界観の中でどういう主人公、

もしくはどういう脇役を演じていると認識してるかによって

変わってきますよね。

 

なのでまず、この知覚と認識を扱うという風に考えています。

 

 

個性と全体性

 

「個性を生かす」とかっていうのは

とても大事なことだと思っています。

個性には強み、資質も入ってくるわけなんだけれども、

個性に添って「自分らしい」、「私らしい」という

物の捉え方、感じ方、考え方や、行動が出てきます。

 

個性をいかす、際立たせるのは本当に良いのだけども、

全く1人の世界にいるときには、なにをどう表現しても

どんなふうに進めていっても、全部自分だけで終わりますよね。

全く自分だけで生きていく事が出来ないんだとしたら、

個性を発揮しながら、全体性の中で自分を

どういかしていくかを考える必要性がでてきます。

 

個性に行きすぎても本当の自分の幸せ成果を

体験できないかもしれないし、

全体性に行きすぎても本当の幸せや求めている世界を

体験できないかもしれない。

 

例えば子どもが多くいて、夫婦とお父さんお母さんがいて、

大家族を作っているとして。その中のお母さんの役どころ、

子どもからするとおじいちゃんおばあちゃんの面倒を見て、

旦那さんのことも気がけて、家庭を円滑に回していく。

それが自分の生きがいで、日々笑顔を見てたら幸せですって

いう表現をする人が10人いたとして。

 

心底、心からそう湧いてきていて、この日々が感謝やっ!て

思える人はOKだと思うんです。

でも、どこかで自分の時間が本当は欲しいけど、

それをいうと、良くない嫁、よくないお母さんだと

世間様に思われたらどうしようと思っている人、

本当は投げ出したいけど言えないと思っているとしたら、

全体性に極振りしてる状態から、戻していった方が

いいわけじゃないですか。

 

戻せない理由が世間一般社会、

母失格嫁失格が嫌だっていう基準だとしたら、

それは自分を起点にして軸をして考えているというよりかは

全体とか社会を軸にしていますよね。

 

個性、全体性に関わる資質が正しく機能できるように、

というところでここは二番目に扱うようにしています。

 

 

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2:強みと才能・心の働きと感情・思考と判断